光を受け付けなくなった瞳。
巻かれた布の感触にはなれたもので。
ギシリと右肩が僅かな痛みと異物感を訴える。
金属音が微か聞こえるのに眉をしかめて。
嫌気がさすことにも飽きてしまった。


「肌は白くほそっこい。どうしたらこんだけ痩せ細れるもんかね」
「元奴隷だったのかもなぁ。海賊船から流れ着いたらしいしな」
「何か取り柄がありゃ値があがるんだが。」
「まあ、容姿だけで目がみえねえのと足がきかねえのも問題にゃならねえさ」
「足は治るもんだしな」


下品な笑みで話す人間。見えなくても雰囲気でわかる。
似たような空気は、昔から味わってるのだから。
ホールから騒々と人々の集まる声が届く。

もういい。
奴隷でもなんでも。
この命が絶え果てるのならば。
私が種族最後の血だとしても。
自ら血を絶やすことを、今ならば皆許してくれるだろう。


600の同族達よ。


「車椅子にのせてけ」


私の体が運ばれていく。
こいつらは知らない。
彼らには見えない、まだ見せていない金属音と、
ざわり疼く、翼に。


「剥製にするもよし!コレクションに加えるもよし!まだ名前もない奴隷少女だ!」


会場が騒がしくなる。


「50万ベリーから!」


煩いのは、苦手。
私が知るのは、静寂。
耳が酷く痛むほどの。


「100万!」


人間は、苦手。
私は最早、人として生きられない。
運命を植え付けた種族だから。


「300万!!」


天竜人は、嫌。
あの実験に赤子を起用した種族。


「500万」


ここにそれが、いるのならば。 


皆、死んで?



盲目の少女は、薄ら、しかし幸せそうな笑みを浮かべた。


「キャプテン?」
「………何か、あるな」


脚を組み見物を決め込んでいた男が刀を手にする。
不健康そうな濃い隈。
その男を隣に座っていた白熊がキャプテンと呼ぶ。


「キッド…」
「わかってる。感じるぜ、何かまではわからねぇが、殺気をよ」


会場出入口付近の壁にもたれかかっていた目立つ派手な赤髪。
仮面の男が辺りを警戒する。余裕な素振りを見せてはいるものの。
胸を締め付けられるような圧迫感(プレッシャー)。 


白熊を連れた男も然り。
少女はすう、と息を吸い、呼吸を止める。 
会場の空気が張り詰めていく。
それに気付かないのは天竜人、一般の客達。


ばさりっ!と広げられた翼。
同時に響く金属音。
会場に微か響く音、ほんの些細な音だったのだが、
誰もが言葉を失った。
静まり返る会場。


片翼は純白の翼。
片翼は、金属の骨組み。
皮のない、翼。 


少女が口を開く瞬間、勢いよく会場の入口が開け放たれた。
政府の制服を着た役人らがステージを目指す。


「その少女の口を封じろ!!」


訳もわからず見守る観衆。
事と次第で行動をとる準備のできた幾人かの海賊。
少女の瞳は底見えぬ漆黒に染まり。


「―――ッぁああああアァ!!」 


ガラスが割れる。バタバタと倒れる人々。
叫び声、と。いっていいのだろうか。
そう思うほどに、その声は透き通っていて。


「しっかりしろ!」
「おい!死んでるぞ?!」


会場に入ってきた海兵たちは、
叫び声一つで床に伏していた。
白熊は耳を押えて頭をブンブンとふった 


「く、くらくらする〜」
「…ッ何だ、ありゃあ」


がらりと変わる空気。
純白の翼に絡み付く棘。
棘は人が息絶えるたびに伸びて、
美しい花を咲かせる。


「ロズワード聖らを保護しろ!!」


慌てて連れていく海兵達。
少女の漆黒の瞳がその姿をとらえる。


「…逃がさない。天竜と名乗る者達よ……」


ぐらり傾く天竜人の体。
上がる悲鳴、逃げる足音。


みしり! 


鉄の翼が悲鳴を上げた。
蹲る少女。迫る海兵。


「必殺!煙星!!」
「な!煙幕か?!」


どこかから飛んできた玉は煙を発し、
会場は白く視界が奪われた。


「水槽がさっきので割れた!急いで逃げるぜ!」
「おっさんが首輪外してくれたし!ケイミーつれて逃げるぞ」


声が聞こえた。
複数人の声が。
ばたばたと駆け回る足音。


浮く体。
塞がれる口。
混濁していく意識。
感じられるのは痛みと浮遊感。


「捕らわれのプリンセス、俺がお連れしますよ」


とても、優しい声がした。
私の意識は、闇の中。 


【NEXT→



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