煙幕の中、少女が抱かれて去っていくのを、
見送っていた人物がいた。
凄まじい煙幕を密閉されている空間だというのに、
ぴゅういと風が吹き荒れた。


「探せ!少女を探せぇ!」


騒ぐ海兵らを一瞥し、
その人間は静かにステージ裏に姿を消した。


「キッド、どうした」
「……気が変わった」


海兵しかいないステージ。
しばらく眺めていたが、キッドは踵を返し外に出る。
目的としていた少女は見た。
しかし思っていたよりも興味はそそられなかった。
目線は、その少女に凄まじい殺気を放つ
少女に向けられていた。


無意識だ。


無意識に、その少女を目でおっていたのだ。
自然と笑みが浮かぶ。 
そんな自分に少し驚きつつも。


「あの女を手にすれば、出てくるかもな」
「なにが?」
「まあ、今にわかるさ、キラー」


至極楽しそうに笑う船長に、
キラーは小さくあきらめのため息を一つ溢したのだった。


「動向を探れば?」
「わかってんじゃねえか。居場所がわかったら言いにこい」


キラーは一つ頷くとその場から姿を消した。


「……風、か」


少女が残したのは一吹きの風。


「(仕留めそこなったか…)」


隠れ潜むのはとある船内。
倉庫だろうか、様々な物が溢れている。
狐とも猫とも見える、獣の面をつけ、
藍色のバンダナを締めなおす。
見た目まったくの丸腰だが、
右手は左の脇腹あたりにのびている。
まるで、そう。 


刀でもさげているかのように。 


「何で助けたんだよサンジ!」
「馬鹿か!レディを助けず逃げる男があるかよ」


声に身を潜める。
ばれるはずはない。
殺気は封じた。
物音一つ立てることは、ない。 


「―――から―ッぃ―」


声が、遠ざかった。
だが、何故かまだ立ち上がってはいけない気がした。
日頃培った、勘なのだが。
何も、いないはずだ。
しかし、立ち上がれば即首が飛ぶ気がしてしかたがなかった。


しばらくすれば、ギシリ、と。


「………鼠か、なんかか」
「――――ッ!?」


いた。


自分も、鼠か何かだと思ってほとんど気にしなかった気配。
それは、人だった。
扉に向かい歩く背中が視界にはいる。
刀三本。知っている。


海賊狩りのゾロだ。
見つかっていれば、間違いなく首を跳ねられていただろう。


「…………鼠捕りでも仕掛けるか」
「!……」


気付かれている?
いや、こちらを気にはしているが、
まだ人の気配だということには気付かれてはいない。
ぱたりしまる扉。
ようやく、安堵の息が吐けた。 


「(早く、殺してしまおう)」 


あの、【殺戮兵器】を。


煙幕の中逃がしてしまった飛べない鳥。


その鳥の喉を締め、殺してしまわねば 



倉庫を出る瞬間、砲撃の音がした。
どれほどの運を持っているのか。
あの殺戮兵器は。


「(海神め、邪魔をするな…)」


きっ、と。
荒れる海を眺める。
風も荒々しい。
しかしそれは好都合なのだが。
クルーが砲撃に迎え撃つため部屋から飛び出してくる。
火薬の匂い。飛び散る火花。
そろりそろりと医務室に近づく。
中には黒髪の女。
そして目当ての少女。


ここからなら、踏み込んで首をとれる。
そして女の脇をすり抜けて。


計画は完璧だ。
あとは、機をまつ。

次の砲撃。
今しかない。
砲撃音に紛れて踏み込もう! 


「生け捕り限定懸賞金5億ベリーの少女」


踏み込む寸前。
声が響いた。
ドクリと心臓が跳ねる。
機を、逃した。


その声の主は至極楽しそうで。


「その女に用がある。渡してもらうぜ?」


ちらりと、こちらを見た気がした。
気のせいだ。きっと。
少女がぶつぶつと言霊を発する。
それ以上話させてはいけない。


すぐに喉を、落とさねば。


しかし、今踏み込んだら自分の身が危ない。


『リル・ジャジメント』


海に落ちる大雷。
沈む軍艦。風にのり届く悲鳴。
唇をかむ。また、命が散った。


「!ッ」 


騒ぎに紛れて帽子の男が少女をさらう。
ここで見失うわけにはいかない。
気付かれないよう船尾に向かう。
麦わらの船の後ろ。
後を追うように、船があった。
おそらく邪魔をした男の船だ。
首に下げていた竹の笛をとりだし、紐を手にくるくると回した。
びゅんびゅんと勢いがつき、笛は回る。
空に向けてそれを投げれば、追い風がふいた。
躊躇いもなく船から飛び降りる。
下は勿論海だ。
しかし、飛び降りた私は笑った。
追い風と共に、どこから流れたのかサーフボードがあった。
そこにちゃぷりと着地すれば、私はばさりとポーチから
大凧を取り出し風を受ける。
ベルトにしっかりと二本の操舵紐を取り付け
器用に風を読み麦藁の船を離れた。


「………やるなあ。あいつ」
「……追うのか?」
「ああ、キラー。引き続き頼むぜ?」
「…やれやれ」


己の船に戻る二人。
それを一瞥し、同じように船から逃げた鼠を見送る者がもう一人。


「……ワノ国の、人間か?」


それは、三本刀を腰に下げた、男。



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