<杜若姫に捧ぐ華>
あの日見たことは、消して夢で終らないはず。
今も時々、お前は夢に出てきては、消える。
暗闇の底に落ちていき、泡のように消えながら。
けれど、いつ見てもその繰り返しで。
――――その先は、見えない。
今お前は、どこにいて、どうしているのだろう。
あの美しい橙髪を伸ばしているのだろうか?
きっと、綺麗になっているに違いない。
とりあえず今はまだ少し、このまま。
―――――夢の中を、歩いてみようか。
――――『杜若姫に捧ぐ華』――――
夢に出てくる少女と会ったのは、城の廊下だった。
その頃の俺は、女物の着物を着て室内遊びに耽り、
部屋に篭りきりで、家臣たちからは
――――『姫若子』と囁かれていた。
肌の色が白く、ナリがなよっちかったからか。
まあ、今となってはそれは、出会いのきっかけになったのだから。
苦笑いですませるとしようか。
「………ッ?」
見たこともない、橙色が。
庭の茂みから微かにチラついていたのだ。
こっそりと近づき、声をかけてみた。
「………誰?」
「ッ?!ぁ……;」
丸い、目。橙の髪は肩までかかり、その服は髪色によく生える。
―――――杜若色の着物。
「どうしたのだ、元親」
「……父上?」
「その者はどこの童だ?」
「………ッ;」
「………」
橙髪の女の子は、親父に素性を知られたくなさそうだったから。
その綺麗さに惹かれたせいか、俺の口から出た言葉は。
「……連れてきたの。」
「!!」
「やれやれ……童よ。すまないが、よければ元親の話し相手になってやってくれ。」
無口で家臣とも上手くいっていない、友もそれほどおらぬ故。
つれて来られたのも、何かの縁と思ってくれ。
親父が去ってから、俺は部屋に橙色の女の子を連れていった。
「あ、ありがと……」
「いい。……誰かは、知らないけど」
「それは、言えない。」
「うん。……」
「でも、匿ってくれたお礼はするから!;」
「………だち――」
「ん?なに?」
「友達に……なって?」
今思い出せば、痒くなってしかたがねぇ。
だが、何とかあいつを繋ぎとめておきたくて。
とっさに思いついた言葉は、それだった。
「………うん。わかった。」
「名前。……元親」
「お……ッこほん!わたしは、千紗。」
千紗と名乗った女の子は、それからほとんどを俺とすごした。
ただ、千紗は唯一特定の時間になれば、姿を消していた。
―――湯浴みの時間と、夜中のみ。
「あの童、まさか忍びではあるまいな?」
「何をまさか、あのような女子に」
「いや、わからぬぞ。姫若子に近づき我が軍の情報を―」
「様子を見るのが今は―――」
大人らが話すのを耳にして、俺がその場を離れようとしたとき。
「千紗?……」
月明かりの下で、屋根から屋根へ舞うように飛び移る。
――――杜若の着物姫を。
彼女が、忍びなのだとしった。
だが、俺はそれを告げ口などしなかった。
けれど、別れは必ずくるのだと、悟った。
「なぁに?ちかちゃん」
「こっち、きて。」
俺は千紗を連れて、海へ行った。
片手は千紗の綺麗な手を。
もう片方は、真っ白な華を。
「……このお花」
「うん、どうするの?」
「………色を、変えてあげる」
「色を、かえる?」
「見てて………」
水面を指差し、千紗の視線は水面の白い花に向く。
俺は水平線を見つめ、数を数えた。
10・9・8・7・6・・・。
「あ・・・」
「………変わるよ。」
水面の白い花は、夕日の光に橙に染まった。
白と橙が混ざり合うように映り。
千紗はただ、水面をみつめていた。
夕日が沈む、一瞬だけの。
――――橙と白の交わり。
「………また、会える?」
「!!」
「………またいつか、会えるか?」
「…………わからない。」
「………約束、して。いつか、『俺が』強くなったら、また華を贈るから」
「……!……素敵な華を、有難う。チカちゃん」
――――また、会えるといいね。
それ以来、千紗とは会っていない。
行方も、安否もわからないまま。
海賊を始めてから、贈られたオウムに。
忘れないように、「チサ」と名づけて。
ただ、お前を待っている。
けれど、もう、だいたいはわかっているんだ。
「佐助、海、行くか」
「うん!行こうか。チカちゃん!」
千紗が真実を話すまで。
―――――待っているから。